役行者山の護摩焚供養・・・♪

祇園祭 後祭の宵山 7月23日 役行者山の

護摩焚供養に行って参りました。


けむり1 

聖護院の山伏らが護摩を焚き 山鉾巡行の安全を祈願します。

役行者山には修験道の開祖とされている役行者が

祀られています。


山巡行1 

それと 一言主神と葛城神と合わせて三体の御神体を

祀る山です。

三体乗せて巡行するので 他の山より少し大きめです。


登場 

午後の2時過ぎに聖護院門跡下の山伏たちがいっぱい

法螺貝の音と共に到着。


問答 

しめ縄に入ろうとする山伏が本物の聖護院の山伏か

確認するためいろんな質問をします。


ゆみ 

・修験道の開祖はだれ?

・なぜ錫杖を持っているのか?

・何をしにきたの?

・本物山伏か?・・みたいな感じで


かざり 

いろいろ質問に答える「山伏問答」が行われ

やっとしめ縄の中に入る事ができます。

護摩を焚く前に まず弓矢を使って 東西南北と

護摩壇と会所の屋根に向かって 矢が放たれ

邪気払いをします。


矢 

次に護摩壇に向かって刀を振り回し邪気払い。

そして斧も振りかざし 邪気払い。


斧 

しっかりとこの場を清める儀式が終わった後

護摩壇に立てかけてあった竹の棒に火がつけられ

その火の前で願文(がんもん)が読まれます。

竹棒 

いよいよ護摩壇に火がつけられます。

護摩壇にはヒバが積み上げられています。


願文 

座席にもヒバが置いてあり持って帰ることができますし

ヒバの葉で煙を自分の方にたぐり寄せるのに使って

いる方もいらっしゃいました。


護摩壇 

因みに ヒバ材はまな板・桶などに使われ

雑菌や虫を寄せ付けない抗菌・防虫・防ダニ効果も

あるようです。

ヒバ 

そのことからヒバで建てられた家には蚊やシロアリ

などの害虫が近寄ってこないと言われています。


ひば2 

一方 人間に対してはヒノキチオールのa-ピネンと

いう成分により ストレスを和らげ 気持ちをリラックス

させる働きがあります。

  ・・・雑談 おわり・・・


法螺貝 

法螺貝の音と読経がなんだか心地よいです。

護摩壇にどんどん護摩木が投じられると煙が

もくもく舞い上がっていきます。


けむり 

都会の真ん中で火を焚く行事は 禁止されそうですが

荒行をこなしている山伏たちが守ってくれるので

大丈夫です。


煙と火 

消防隊も待機してますから( ̄▽ ̄)

約1時間の護摩焚供養が今年も無事 行われました。


火 

集まった市民や観光客も煙を浴びて ご利益を

願い 大満足なひと時でした。


巡行 

24日の後祭の山鉾巡行には 聖護院の山伏たちも

法螺貝の音と共に役行者山を先導します



7月10日 神輿洗いとお迎え提灯・・・♪

7月17日は祇園祭の前祭 鉾巡行の日でお祭り気分が一気に盛り

上がっています。

他にもいろんな神事があります。


げき 

10日には祇園祭の神輿を鴨川の水で清める

「神輿洗い」が四条大橋で行われました。

水は朝の10時から鴨川の水を救い上げ

神用水清祓式で清められた水が使われます。


神職1 

夜は7時より八坂神社の本殿前で大松明に火が移され

神輿の担ぎ手が担いで四条通を清めます。


大松明1 

八坂神社の舞殿に祀られている3基の神輿から

スサノオノミコトが乗る神輿が通る道を

大松明の火で清めるのです♪


神職南 

舞殿の前にある南楼門から神職さんが提灯をもって

出発~

その後 大松明がつづきます。消防隊もピッタリついています。


消防隊 

八坂神社の東門に移動して四条通を四条大橋まで

進む様子が大迫力で いつもとは違う光景に感動!!!


松明南 

沢山の人がお祭りを楽しんでいます。



四条松明行く 

長さ約3mの大松明をともして沿道を清めるために

四条大橋まで往復するこの神事を


お迎え提灯 

「道しらべの儀」といいます。

しばらくすると4時30分から四条界隈を巡行している

お迎え提灯が戻ってきます。


お迎え戻り 

お迎え提灯は八坂神社を出たあと市役所で

踊りなどを披露しています。


宮本 

いろんなところで様々なことが行われているので

何回にも分けて見に行かないと全ては網羅できません。


松明戻り 

お迎え提灯に続いて大松明が戻ってきます。

このころになると辺りはもう真っ暗です。


宮本行く 

これからが本番。

南楼門から神輿が登場。

四条大橋に向かい8時過ぎに「神輿洗い」が行われます。


神輿行く 

四条大橋は大混雑で すでに寄り付ける状態ではないので

八坂石段下で神輿が戻って来るのを待ちます。


石段下 

石段下ではお迎え提灯のメンバー全員で神輿を待ちます。

9時過ぎにやっとお神輿が戻ってきました。


神輿舞殿 

お祭りに参加される皆様ご苦労様です。


舞殿へ 

このお神輿には17日の夜 八坂神社の神様が乗って

町を渡御し 四条御旅所に行かれます



2017年の天得院・・・♪

東福寺の臥雲橋から眺める通天橋の様子です。

秋は大勢の人出で混み合うこの辺りですが 

夏の東福寺の青もみじも とてもいいですよ♪


がうんきょう 

今日はは 臥雲橋から中門に向かうところにある

東福寺の塔頭で桔梗の寺として知られている

「天得院」に行ってまいりました。


桔梗紋 

通常は拝観できませんが今年は6月25日から

 7月10日まで特別公開中です。


花頭窓 

縁側に座っていると 気持ち良い風が通り抜けていきます。

天得院の歴史を見てみると 南北朝時代に 中国で修行をしてきた 

東福寺第30世住持 無夢一清(むむいっせい)禅師が開創しました。


庭1 

後に東福寺第227世 文英清韓(ぶんえいせいかん)長老が住菴となり

豊臣秀吉や秀頼の五山の学僧として手厚い扱いを受けていました。

庭2 

そして 文英清韓は秀吉の息子の秀頼の必要に応じ

方広寺の鐘の文を作ることになりました。


花3 

これが あの大阪冬の陣の発端となったとされる鐘の銘文です。

「国家安康・君臣豊楽」の文字があり 家康を引き裂き

豊臣家の繁栄を願うものとして家康に非難された銘文です。


花4 

それで なんと天得院は取り壊されました( ̄_ ̄|||) 

その後に再建され 明治元年(1868)には 山内の塔頭・本成寺を合併し

現在に至っています。


お茶 
 ★ お抹茶とお菓子 800円


桃山時代に作庭されたとされる庭園は 昭和43年中根金作師の

指導により一部補修され 現在に至っています。


はな 

東福寺の本堂の天井画龍図は堂本印象が描いたものも

あるので 帰りにはちょっと覗いてみましょう♪


堂本印象 

室町時代に建築された東福寺の三門は 現存する最古の

三門ですよ。


三門 

境内も広く まだ紫陽花や蓮も楽しめます。

この日は6月30日だったので


五条天神 
  ★ 五条天神


あちこちの神社ではちのわ潜りができるので

半年分のケガレを落としてきましたよ。


平安神宮 

今年もあと半分 無病息災で過ごせますように


 ★ おまけ

冥土通いの井戸 

「有頂天家族」の下鴨家の次男 矢次郎が

住みついてる六道珍皇寺の井戸 ♪



二尊院・・・♪

嵐電で嵐山駅下車 北にどんどん歩いて約15分

竹の道を通って 現れるのが二尊院です。


竹の道 

嵯峨天皇の勅願により円仁が建てた天台宗の

お寺と言われております。


道しるべ 

二尊院の名称のゆかりはなんと本尊が

「釈迦如来像」と「阿弥陀如来像」の二尊を祀られています。

これは全国にただ一つこちらだけのようです。


看板 

これは極楽浄土を目指す私たちを こちらの世界から

あの世に送る釈迦と 彼岸へと迎える

阿弥陀の遣迎二尊(けんごうにそん)です。


ハス 

送ってもらい迎えにきてもらえる ありがたい

システムですね。

この教えは中国から伝わり 法然上人に受け継がれました。

そのことより現在 二尊院は

「法然上人二十五霊場第十七番札所」となっています。


薬医門 

総門は豪商 角倉了以が伏見城の薬医門を移築したものです。


紅葉の馬場 

総門を進むと この青もみじの様子を見て分かるように秋は

紅葉の名所として賑わっております。


銅像 

そして「水運の父」とも呼ばれ 木屋町を流れる高瀬川を

作った角倉了以の銅像が建てられています。

角倉了以はお医者さんでもあり 嵯峨出身の人物です。


鳳凰 

海外貿易でも 豊臣秀吉の朱印船に加わり莫大な富を得て

徳川家康に天下が移ると

今度は京都の西を流れる保津川を使い

大堰川を作り搬送船を通しました。


角倉家墓 
           角倉家墓


人馬で物資を運ぶより仕事が捗るようになり

江戸年間を通じて利用された続けました。

二尊院には「角倉家」の墓があります。


階段 

他にも旧摂関家の二条家・鷹司家・三条家・四条家

香道の創始家でもある三条西家の菩提寺でもあります。


本殿 

本堂は京都御所の紫宸殿を模したもので

内陣も内裏のお内仏(ないぶつ)と同様に造られていて

京都市指定文化財に指定されています。


小倉山 

二尊院は小倉百人一首で名高い 小倉山の麓にあって

藤原定家が小倉百人一首を選定した場所である「時雨亭跡」

がこちらです。

時雨殿跡 


藤原定家の歌である


軒端の松 

「忍ばれむ 物ともなしに 小倉山 軒端の松ぞ なれてひさしき」の

軒端の松(のきばのまつ)もございます。

嵐山駅周りは観光客で賑わっていますが 少し奥に建つ二尊院は

とても静かでゆっくりできるお寺です





鴨社資料館 秀穂舎(しゅうすいしゃ)&関西ラグビー発祥の地・・・♪

2017年の葵祭は京都御所の建礼門の観覧席から

見学をしました。


牛車 

10時30分スタートの路頭の儀だったので 頑張って

9時に行ったのに席は2列目で 残念でした。

でも 皐月晴れに恵まれ きれいな行列を観覧でき

良かったです。


斎王代 

今年の斎王代は 同志社大学2回生 19歳の

若い方でした。

平安時代から鎌倉時代には 天皇の皇女が斎王と

して 神様にご奉仕されていました。


童子 

鎌倉時代にあった 承久の乱 以降 斎王の制度は

途絶えていましたが 昭和31年に 復活しました。


笠 

今は天皇家とは関係のない 一般の未婚の女性が

斎王の代わりの 斎王代としてお祭りに参加しています。


秀穂舎1 

そんな葵祭の歴史が 下鴨神社の南側にある

鴨社資料館 秀穂舎(しゅうすいしゃ)に 只今 展示

されています。

秀穂舎は 鴨社公文所の学問所画工司の

浅田家の旧宅を復元されたところです。

かつては下鴨神社周辺には340軒ほどの社家がありました。

今残っているのは 浅田家と鴨脚家(いちょうけ)の2軒のみです。

画工司とは 絵司のことです。


鳥居 

道路に面した門は鳥居のかたちで 華表(かびょう)門

という 社家の門です。


かえるまた 

軒下には カモと二葉葵の彫り物が施され 

玄関の脇には石人文官の石像が立っています。


石人 

手水鉢にも二葉葵が描かれています。


手水鉢 

建物内部は残念ながらすべて撮影禁止です。

これからも様々な展示を 企画されています。


糺の森 

下鴨神社の糺の森は紀元前3世紀ごろの原生林と

同じ植生が今に伝えられる 都市の森林で

国の史跡です。

下鴨神社の様々な行事が行わるところでもあります。


ラグビー石碑 

関西ラグビー発祥の地を示す「第一蹴の地」の

石碑もあります。

石碑にはラグビーボールも刻まれています。


雑太社 

その横は「雑太社(さわたしゃ)」

ご祭神は神魂命(かんたまのみこと)

この「魂」たま ⇒「球」に通じるとして

糺の森で初のラグビの練習が第三高等学校と

慶応義塾大学生のあいだで行われました。

それが契機となり日本ラグビ界の歴史が始まりました。


神場幄 

都市の森林 糺の森では いろんな事が 

行われているのですね


プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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