東福寺の塔頭 即宗院・・・♪

京の冬の旅で6年ぶりの公開になった東福寺の塔頭

即宗院(そくしゅういん)に行って参りました。


東福寺


東福寺の広大な境内のずっーと奥にある 桃山時代の

木造廊橋・偃月橋(えんげつきょう)を渡ったところに

即宗院があります。


えんげつきょう


嘉慶元年(1387) 薩摩の守護大名であった 島津氏久の菩提を

弔うために創建されたものです。


看板


島津氏久は南北朝時代の守護大名で6代当主でした。

江戸時代に入り島津四兄弟の長兄16代当主 島津義久が

再興して以来 薩摩藩の菩提寺になりました。


入り口


即宗院の入り口門の左右にある仁王像は珍しく

石造りです。


石仁王


石造りの仁王像は鹿児島で多く見られることから

薩摩から伝来されたとされます。


阿弥陀
 ◆ パンフレットより


今回の公開では 薩摩藩 島津家からもらった

○に十字の家紋入り火鉢や重箱などが 展示されていました。

薩摩藩主 西郷隆盛の自筆の書も公開されています。


へや


即宗院は幕末 西郷隆盛と清水寺成就院の僧 月照(げっしょう)が

密かに倒幕計画をねったところのようです。


庭1


西郷隆盛が篤姫から近衛忠煕(ただひろ)へ宛てた

書状を持って京都きました。

このときに便宜をはかったのが月照でした。


看板2


徳川慶喜が次の将軍になれるよう

力のかぎり努力したが失敗に終わりました。


碑


境内の奥には倒幕後に西郷隆盛が明治維新で戦死者を

弔うために建てた「東征戦亡の碑」があります。


階段


山奥に向かう石階段の横には凛々しい羅漢さんが

いらっしゃいました♪


めがね


碑には薩摩藩士524名の名が刻まれています。

即宗院の庭園は 平安時代の関白 藤原兼実の山荘

「月輪殿」の跡地にあたります。


庭3


月輪殿は江戸時代の観光名所案内「都林泉図」にも

案内されていた有名どころでした。


滝跡


現在の庭は住職が 整えたものですが平安時代の

滝跡の石組が一部 残っていて そのまま保存されています

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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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