京都府庁旧本館 春の一般公開(観桜会)・・・♪

京都府庁旧本館 春の一般公開(観桜会)

3月20日から始まった京都府庁旧本館 春の一般公開(観桜会)も

4月7日(日)でおわります。


ふちょう1



今年は桜の開花が早く 真ん中のしだれ桜の花びらはもう散ってしまいました。

大島桜や八重の紅枝垂れ桜はまだまだ綺麗な姿を残していますよ。

今年はNHK大河ドラマ「八重の桜」の放映もあり連日全国からのお客様で

賑わっております。


さくら1


ご存じの方も多いと思いますがちょっと京都府庁の歴史をお話しますね。

慶応4年(1868)4月29日 それまでの京都裁判所が名前を変えて

初代知事に長谷信篤(ながたにのぶあつ)をむかえて京都府庁が

スタートしました。


まるやま


府庁ははじめ二条城の南側にあり 明治2年(1869)に現在の場所に移転しました。

そのときこの場所は京都守護職上屋敷跡でした。

京都守護職上屋とは・・・

かたもり1



幕末 幕府の力が落ちていくなか 天皇を中心とした新しい

国づくりこそ必要だという人々や 徳川幕府に不満を持つ浪士たちが

あつまりました。

京都では不満をあからさまにし 武力に訴える事件がたくさん

起きはじめていました。


むかしの


そんな時 会津藩は徳川幕府より 天皇をお守りするようにと

「京都守護職」という大変な役目をうけました。

会津藩主・松平容保が文久2年閏8月1日(1862)に就任し本陣を金戒光明寺

に置きました。

やえ



この中に八重の兄の山本覚馬もいました。

「京都守護職」は市中に数ヵ所の広大な屋敷を構えました。

現在の府庁にあたる敷地もその一つで この「上屋敷」は度重なる

増改築を経て慶応元年(1865)に完成しました。

ろうかから



規模は現在の府庁の敷地ほぼすべてを占め 正門や敷石・玄関は

たいへん豪華なものだったといわれています。

また屋敷の東西・南北には二階建ての長屋がずらりと並び藩兵などが

日常・非日常の出動に備えて待機していました。

かたもり



なお この広大な屋敷の建設に伴い 9つもの町がまるごと消滅

しました。

そして現在 旧本館の中庭に咲く新種の山桜に付けられた名前が

「容保(かたもり)桜」です。


まどから



千人の会津藩士を連れ 京に向け出立した松平容保の名をとって

三年前に桜守の16代目佐野藤右衛門氏により命名されました。

今年一番の注目桜ではないでしょうか



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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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