二条陣屋・・・♪

二条城から南西に歩いて10分程の所ある からくり屋敷と呼ばれている

「二条陣屋」にいってまいりました。

住所は 京都市中京区大宮通御池下る137 です。


みなみもん
 ★二条城の南門


二条陣屋正しくは小川家住宅で 現在は12代目になります。

14代の歴史が残っていますが 大名時代だった2代は省いて

数えられております。

暖房器具がないのでとても寒く建物内の見学はコートを着たまま

厚手のソックスまでかしていただけます。


にじょうじんや



豊臣秀吉がはじめて大名になったのが滋賀県の長浜でした。

その時は家来がほどんどいなかったため 必死に集めました。

その中にいたのが小川土佐守で 後に愛媛県の七万石の大名になりました。

ところが 秀吉没後の 関ヶ原の戦いの時 始めは西方につき 後に東方につく

微妙なことをしたため 徳川家康の逆鱗にふれ 平民になってしまいました。


げんかん


小川土佐守の息子の時代に滋賀県から京都にやってきました。

「万屋平右衛門」と名のり 米・両替商を商うようになりました。

七代目からは木薬屋も商っておりました。

江戸時代 諸大名が参勤交代などのため 街道往来の途中

宿泊した旅館を「本陣」と呼びました。

現在でも旧街道の所どころにはその遺構をみることができます。

しかし京都には大名を泊めるところが有りませんでした。


にわ



それは幕府が 本陣のような城郭まがいの建物を市中に建てさせ

なかったことと 当初諸大名の京都立ち寄りを禁止していたことに

よります。

しかし二条城や 京都所司代等に用事のある大名の宿泊所が

必要な場合もありました。

徳川幕府も安定してきた1660年代からは 大名の京都見物も

黙認されるようになってきました。


いど



そして参勤交代の行き帰りに京都へ立ち寄る大名達の宿泊所

として機能を果たしてきたのが小川家住宅でした。

大名の安全を守るため30年かけ徐々に改装されていきました。

もともと茶人好みの数寄屋風に建築されたようですが

大名を泊めるようになり その身の安全を保証する必要から

防火建築として・陣屋風建築として・数寄屋建築として

の三点から昭和19年 国宝指定の時「二条陣屋」と命名されました。


むしこまど



戦後 法律がかわり民家で国宝指定はなくなりました。

昭和25年「文化財保護法」の制定により重要文化財に

名称変更されました。

電話で予約をしてからの見学になりますが 建物内は45分かけ

案内していただけます。

建物内は撮影禁止で秘密です♪

いろんな仕掛けがあり とても良かったですよ


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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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