八瀬 赦免地(しゃめんち)踊り・・・♪

八瀬の秋元神社へ「八瀬赦免地(しゃめんち)踊り」を見に

行ってきました。

場所は地下鉄国際会議場から京都バスで15分ぐらいの

左京区の山の上です。


てぬぐい



京都バス「ふるさと前」で降りて歩いて5分の所にあります。

こちらから比叡山に登って行かれる方もいらっしゃるようです。

近くにはかま風呂で有名な温泉があります。


かまぶろ


八瀬は昔から湯治場でした。

昔むかし(672年)天智天皇の弟の大海人皇子(おおあまのおうじ)と

天皇の子の大友皇子が皇位を争い戦いました。

おとこ



勝利したのは 大海人皇子で 後に天武天皇となりました。

この乱の際に彼は この地で背中に矢を受けてしまいました。

その矢の傷をかまぶろに入って治したことから「矢背」という

地名が付いたと伝えられています。

うしろ



その後 矢背が「八瀬」に代わって現在の地名となりました。

真っ暗で鳥居が写っていませんが 鳥居をくぐって左手に

皇后陛下の歌碑が置かれています。


てんのうかひ



・・・大君の 御幸(みゆき)祝ふと 八瀬童子 

   踊りくれたり 月若き夜に ♪・・・

平成16年(2004)8月21日に天皇皇后両陛下が 赦免地踊りを

三日月の光のもとで舞う様子をお詠みになられました。


とろぎ



後醍醐天皇が八瀬に行幸した頃より600年以上もの縁があります。

八瀬の人々と皇室家との交流が 今でも大切に守られています。

さて「八瀬赦免地踊り」は京都市の重要無形民族芸能に

指定されています。


あきもと



八瀬の租税免除特権をめぐる比叡山との争いから八瀬を守った

江戸幕府の老中 秋元但馬守に対する報恩のため

1700年代初めに始まりました。


あし



お祭りは 八瀬小学校から 矢負坂(やおいざか)を上って

秋元神社を祀る八瀬天満宮境内まで音頭を囃しながら行進します。

12~13才の踊り子の女子児童8人はかわいらしい朱色の小そで姿です。


はねず



高さ約70センチの灯籠をかぶっているのは 灯籠着(とろぎ)と

呼ばれる女装をした13~14歳の男の子ですよ~!


とろぎ



切子灯籠(きりことうろう)は細密な透かし彫りがされています。


えいがむら



太秦映画村のお姉さんも玉すだれで 応援にこられてましたよ♪

10月7日(日曜日) 夜の7時から10時までのお祭りでした




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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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