興正寺から眺める「飛雲閣」・・・♪

西本願寺の南隣に位置する 興正寺(こうしょうじ)です。

興正寺はかつて西本願寺の脇門跡でしたが

明治9年(1876)に親鸞聖人を開祖とする 真宗興正派として独立しました。

こうしょうじもん



住所は 京都市下京区堀川七条上ル花園町70番地 です。

寺号は日本に仏教をひろめた 聖徳太子の事績にちなみ

「正しい法を興しさかえさす」の意味が込められています。


もん


創建は鎌倉時代にさかのぼり 当初は山科に建立されました。

のちに東山の渋谷に移り 桃山時代に現在の場所に移りました。

御影堂は明治45年(1912)に再建されたもので 親羅聖人のご真影を

安置しています。


おえいどう


阿弥陀堂は大正4年(1915)に再建されたもので 阿弥陀如来坐像

聖徳太子の御影を安置しています。



あみだどう



阿弥陀堂から西本願寺の方を眺めると 国宝の飛雲閣の裏側が

よく見えます。


ひむんかくうら



飛雲閣は3階建の楼閣で 西本願寺側から眺めると

二層目は周囲の板戸に 三十六歌仙の像が描かれています。


ひうんかく



正面は綺麗に装飾されていましたが 裏側は装飾はなく

ガッカリです( ̄_ ̄|||)

でも 大好きな建物なので裏側も見えて ちょっと得した気分です♪


江戸時代に建立された経蔵は みかげ石の欄干が巡らされている

重厚な造りになっています。


きょうぞう


中には多くの経典が納められています。


興正寺の中では「鐘楼」が最も古く安永3年(1774)に 22歳の若さで急死した

桃園(ももぞの)天皇の忌にあたり皇太后恭礼門院から寄進されたものです。


しょうろう


皇太后は13歳の時に15歳の桃園天皇に入内されました。

昔は若い時から 大変だったのですね。

この頃に宝暦(ほうれき)事件がありました。


ろうか


江戸幕府が 皇権回復を説く尊王論者らを

処罰した事件です。


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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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