南山城の古刹「海住山寺(かいじゅせんじ)」・・・♪

南山城シリーズ第3回目は「海住山寺(かいじゅせんじ)」です。

「みかの原 わきて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ」

百人一首の藤原兼輔(かねすけ)の歌にも歌われている

瓶原(みかのはら)を一望におさめる地に 創建されています。



やまみち


山の上から景色を眺めると靄に隠れて海のように見えるので

「海住山寺」と呼ばれるようになったとも伝えられています。

住所は 京都府木津川市加茂町例幣海住山境外20 です。


さんどう


願いを叶えるなすのこしかけがありました。

茄子の花は一つの無駄もなく実を結び 発音も「成す」に

通じることから願いが叶う縁起があります。



なす


もちろん座ってお願いしましたよ(^_-)-☆


このあたりは奈良時代に聖武天皇が橘諸兄(たちばなのもろえ)に命じて

恭仁京(くにきょう)をいとなんだ地であります。


もん


恭仁京造営の6年前の735年に 聖武天皇が盧舎那仏像(東大寺大仏)造立

工事の無事を祈るために建てたものと伝わります。

後に解脱(げだつ)上人貞慶(じょうけい)が晩年移り住み

復興された寺です。


もん


貞慶は大河ドラマ「平清盛」で阿部サダヲが演じる「信西(しんぜい)」の孫です。

貞慶が5歳で生家が正争に敗れ 8歳で興福寺に入りました。

そして修行を積み 寺内でも成績優秀な僧になりました。

後に興福寺を出て規定にとらわれず 広くフリーな活動をしました。


かいざんどう


後鳥羽上皇からの信頼もあつく 東寺と唐招提寺(とうしょうだいじ)の

仏舎利2粒を賜りました。

これを安置する五重塔を海住山寺に建立しました。

しかし完成前に貞慶は亡くなりました。


ごじゅうとう


その五重塔は鎌倉時代(1214年)の建造で国宝です。

裳階(もこし)付で 高さは17.10mとかなり低いめです。

この塔の特徴は初層内部に心柱がないことで 四天柱に

支えられた初層天井の上に心柱が立てられています。

ごじゅうとう2



一見6重の塔のように見える 裳階をもつ五重塔は

海住山寺以外では法隆寺に存在するだけです。


ほんどう


本堂には平安時代の 十一面観音像が祀られています。

ほか鎌倉時代の法華経曼荼羅図や四天王像などがありました。

山の頂上にお宝がいっぱいありますよ


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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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