「本法寺」の日親(にっしん)上人・・・♪

鷹峯に芸術村を開いた 本阿弥光悦作の「三巴の庭」がある

「本法寺」に行ってまいりました。

場所は市バスで「堀川寺ノ内」からすぐのとこで 近くには

人形寺として有名な「宝鏡寺」や茶道資料館があるところです。


ふしんあん


住所は 京都市上京区小川通寺ノ内上ル本法寺前町617番地 です。

「本法寺」は堀川通からも入れますが 風情のある小川通から

入ってまいりました。


こんにちあん


向いには裏千家今日庵がございます。

小川通の西側にとても立派な門がそびえ立つ「本法寺」があります。


におうもん


本法寺は"日親(にっしん)上人"の開創で 永享8年(1436)に

最初は東洞院綾小路に建立されました。

"日親上人"はのちに"なべかぶり日親上人"と称されるようになりました。

日親上人は 時の将軍足利義教(よしのり)に法華宗への改宗を説き

「立正治国論」を献じ 平和の招来を直言しました。


こうえつまつ


これは禅宗や天台宗に基づいた政治を批判したもので あくまでも

将軍が法華宗に改宗することが天下の政道であるとしました。

これが将軍の怒りに触れ獄舎に投ぜられ そして寺も焼却されました。



ほんどう


足利義教は 5代将軍足利義量(よしかず)が急逝した後

4代将軍義持の弟たち4人から石清水八幡宮で「くじ引き」に

よって選ばれた将軍です。



わたりろうか


義教は幕府の権威立て直しを目指ましたが 非常なる暴君で

その世の中は日本史上またとない 恐怖政治でした。

なので拷問もきびしく 真っ赤に焼けた鉄鍋を頭に被せられたり

これ以上日親に口を開かせないよう 舌先を切り取ったりと

ひどいものでした。


いのしし


それでも日親は屈することなく法華経を説き続けました。

言葉を失ってからも日親は精力的に布教活動を行い

八十歳を超える長寿を記録しました。


現在の堂宇は江戸時代後期に再建されたものです。

多宝塔は京都府有形文化財に指定されています。


たほうとう



経典や仏教に関する書物を収蔵する倉庫の経蔵(きょうぞう)です。

経蔵は 1588年に建てられた本法寺の中では一番古い建物です。


きょうぞう


投獄中に光悦の曾祖父の本阿弥清信としり合い のちに本法寺は

本阿弥家の菩提寺となりました。

こちらが本阿弥光悦作の「三巴の庭」で国の名勝となっております。


みつどもえのにわ


大小の立石を用いた三尊石組の形式になっていまして 室町時代よりの

枯瀧石組の伝統手法が巧みに再現されているようです。

縦横模様の青い石が 水流の落ちる様相を表現していると説明してあります。


はすいけ


長さ1.5メートルほどの切石十本により 十角形に縁どられた蓮池があります。

その北部の半円を二個組み合わせた円形石とともに図形的意匠を見せています。

書院横の宝物館には筆長谷川等伯筆の「佛涅槃図」(複製)があります。


はせがわとうはく


京都三大涅槃図の一つで10m×6mもありとても大きです。

涅槃図にはいろんな動物が描かれていますが こちらは2匹の犬の

コリーが描かれていましたよ


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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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