竹の寺 地蔵院・・・♪

阪急上桂駅より徒歩15分竹の寺と称されている「地蔵院」に

行ってきました。

駅より東北の山手に向かって真っすぐ登って行くんですが

途中道しるべを見過ごしちょっと迷って20分掛かりました。


みちしるべ


住所は 京都市西京区山田北ノ町23 です。

この日はかなり日差しが強い天気でしたが こちらは

本当に竹が生茂っていて 一帯が日陰で 日傘がなくっても

大丈夫です。


いりぐち


境内は京都市の文化財環境保全地区に指定されています。

地蔵院はとんちでお馴染みの"一休禅師"が幼少のときに

修養したお寺として 知られています。


もん


"一休禅師"は後小松天皇の落とし胤(だね)と云われております。

「一休和尚年譜」によると母は藤原氏 南朝の高官の血筋でした。

後小松天皇の寵愛を受けていましたが 帝の命を狙っていると誤解されて

宮中を追われ 民間に入って一休を生みました。


たけ


一休は6歳まで「地蔵院」で過ごされました。

この地には 鎌倉時代初期の歌人の"藤原家良(いえよし)"の山荘がありました。

その後 南北朝時代 官領の"細川頼之(よりゆき)"が "夢窓疎石"の最もすぐれた

弟子であった"宗鏡(そうきょう)"を 招き迎え建立されました。


ひ


そして"夢窓国師"を開山とした 臨済禅宗の寺です。

こちらが"細川頼之"と"宗鏡禅師"のお墓です。


ほそかわいし


細川頼之は 南北朝時代の北朝の武将です。

あの金閣寺を造った足利義満が幼少の 頃補佐役を託され

幕府管領となりました。


そうきょう


以後12年に渡って将軍職代行として幕政を主導し 室町幕府の

基礎を築いた方です。

その後も足利義満の政治を補佐し 南北朝の和合に尽力されました。

木の根元に自然石を置いただけの 大変珍しい形式のお墓です。

なので 細川石と呼ばれています。


こちらの地蔵堂が本堂です。


じぞうどう


昭和10年に再建されたもので 位置は昔のままです。

本堂には本尊の地蔵菩薩を中心に 夢窓国師・宗鏡禅師

細川頼之の木造を安置しています。


もくぞう


この奥には細川頼之の平庭式枯山水の庭園があります。

しかし ここからは撮影禁止になっています。

庭園には十六羅漢の修行の姿を現した 石が配置されています。

羅漢とは 究極の悟りを得て 尊敬し供養される 素晴らしい

人のことです。


らかんにわ


これ以上学修すべきものがないので 無学(むがく)ともいわれます。

世にとどまって仏法を護持する その16人の羅漢の姿です。

苔がしっとりと とても落ち着いた静かなお庭でした


もみじ


細川護熙(もりひろ)元首相に至るまでの細川家略系図も

もあり "ガラシャ夫人"の似顔絵などもありました


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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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