鞍馬その3 牛若丸伝説の地・・・♪

由岐神社から鞍馬寺金堂に 向います。

山道ですが 途中には見どころがいっぱいあって楽しいです。

「川上地蔵堂」は遮那王(しゃなおう)と称した牛若丸(源義経)の

守り本尊である地蔵尊がまつられています。


かわかみじぞうそん


牛若丸は日々修行のときにこの地蔵堂に参拝したといわれます。

義経こと"牛若丸"の父は源義朝 母は常磐御前。

平治の乱で子供の命を守った"常磐御前"が"平清盛"に身を任せると

引き替えにその命を永らえました。

牛若丸は七歳の時に鞍馬寺の覚日阿闍梨の弟子となり

昼間は東光坊で学業に励み夜が更けると僧正ガ谷で天狗に兵法

剣術を習ったと云います。


やまみち


このあたりから道は右へ左へと折り曲がり真っすぐ進めません( ̄∇ ̄;)

清少納言の書いた「枕草子」にも

・・・近うて遠きもの くらまのつづらおりといふ道・・・

と評した九十九折参道です。


そのあたりに「義経公供養塔」がございます。


くようとう



800年あまり前 当時10院9坊あった 鞍馬寺の坊舎の1つだった東光坊跡です。

遮那王と名のっていた牛若丸は 7歳のころから10年間昼は学問

夜は武芸に励み 住まいした跡です。


しんりょく


そして夜な夜な東光坊を抜け出した牛若丸は 父の敵を討つべく

奥の院で兵法修行に励んでいたとされます。

昭和15年(1940)に供養塔が建てられました。

折り曲がった山道の角に「いのち」と題された あたらしいオブジェもあります。


いのち



サブタイトルは「愛と光と力」で澤村洋二氏の作品です。

鞍馬の火祭の炎をイメージされているように見えます。

丹塗りの橋をはさんだ2つの小堂には七福神の大黒天と恵比須尊が

お祀りしてあり この一帯を「双福苑」と呼びます。


そうふくえん


どこまでも新緑が広がる山道です。

この石を積み上げた中にはヘビがいるので近寄らないこと!と

書かれています。


ひびつか


こちらは勅使門(ちょくしもん)または四脚門(しきゃくもん)と

呼ばれており朝廷の勅使の通る門でした。


しきゃくもん


この中門をくぐると 本殿金堂までは石段と敷石の道になります。


大正天皇の皇后貞明皇后御休憩所跡


ごきゅうけいしょ


大正13年に鞍馬寺へ行啓された貞明皇后さまが 九十九折の坂を

お登りになる途中に しばらくご休憩されたところです。

この辺りからの 景色がきれいなんですよ♪


やまけしき


石英閃緑岩(せきえいせんりょくがん)という鞍馬石の石垣です。

高さ6mのこの石垣は 花背峠近辺や百井の別れに近い山中から産出しました。


いしがき


約1億年前に地下の深所で丹波帯の 堆積岩中にマグマが

貫入してできたものです。

何がなんだか分かりませんが 圧倒される大きな石垣です。



たつみのべんてん


本殿の東南(巽)の方向にあるので「巽の弁天さま」と呼ばれ

福徳・知恵・財宝・芸能とすべてを授けてくださる神様です♪

ここを登るといよいよ「金剛床」のパワースポットです


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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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