"莵道稚郎子(うじのわきいらつこ)"の「宇治神社」・・・♪

宇治川に架かる「朝霧橋」の東側には宇治十帖モニュメントがあります。

このあたりは源氏物語の舞台になったところなんですね♪


もにゅめんと


ここからすぐ近くに「宇治神社」があります。

創建年代などの起源は不明のとても古い神社です。

すぐ近くの「宇治上神社」を上社・本宮と呼び「宇治神社」を

下社・若宮と呼んでいました。


うじじんじゃとりい


近くに「平等院」ができるとその鎮守社とされました。

ここは宇治十帖の八宮(はちのみや)のモデルとも言われている

"莵道稚郎子(うじのわきいらつこ)"の邸宅跡といわれています。


じゅうようぶんかざい


"莵道稚郎子"は日本書紀に伝えられる古墳時代の皇族でした。

"莵道稚郎子(うじのわきいらつこ)"は"応神天皇"の皇子で

異母兄が"仁徳天皇"です。


だい2とりい


百済から来朝した師に典籍を学んで通達た"莵道稚郎子"は

一を聞いて十を知る賢者だったと記されています。

兄が天皇になっていますが"応神天皇"は本当はとても聡明な

"莵道稚郎子"を皇太子としました。


はいでん


これが悲劇の始まりでした・・・(-_-;)

それというのは"莵道稚郎子"は"応神天皇"が亡くなった後も

・・・兄を越えて皇位を嗣ぐのは道に背く!!!・・・として

即位せずに皇位を兄に譲り合っていました。


さいじん


皇位を譲り合うこと3年 永らくの空位が天下の煩いになると思い

悩んだ"莵道稚郎子"はとうとう自殺をしてしまいました~(T_T;)

自ら命を絶ち 兄に位を譲ったという美談伝説があります。


ほんでん


"莵道稚郎子"の亡くなった後 邸宅跡にその霊を祭ったのが「宇治神社」の

起こりと言われています。

「宇治神社」には ウサギの逸話も伝わります。


うさぎ


"莵道稚郎子"が河内国から宇治に向かう途中で道に迷いました。

その時に ウサギが道案内し 助けたということです(*^_^*)

今では「みかえり兎」と呼んで 人生を導く神の使いとされています♪


ひゃくひんいっしゅ
 ★喜撰法師(きせんほうし)の百人一首の句
 
  (私のいおりは都の東南にありこのように心静かに住んでいる・・・♪)



日本書紀によると"莵道稚郎子"は「莵道の山の上」に葬られたとあり

江戸時代には宇治川東岸の朝日山山頂の経塚が"莵道稚郎子"の

墓とされていました。

宇治(うじ)の地名も "莵道稚郎子"の「菟道(うじ)」が起源になった

とも言われています。


はいでん


明治23年(1890)当時の宮内省によって「浮舟の杜」とよばれていた

場所が買い取られ「莵道稚郎子の墓」(宇治墓)とされました


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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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