平清盛も来た「高松神明神社」・・・♪

「高松神明神社」は"後白河天皇"が即位し保元の乱では

"後白河天皇"の本拠地となった今話題のスポットです(^_-)-☆ 

場所は 中京区姉小路通釜座東です。二条城の近くにあります。


たかまつしんめいじんじゃ


神社の始まりはたいへん古く 平安時代の初期 醍醐天皇の皇子

高明親王がなんと 7歳の時 源の姓を賜り高明公の御殿として

「高松殿」が造営されました。

その御殿の造営にあたり アマテラスオオミカミを勧請し

鎮守社としたのが「高松神明神社」です。


はいでん


その「高松殿」にはあの栄華の頂点を極めた"藤原道長"の

娘が住まいされ その後藤原一族が 代々住んでおられました。


そして平安時代400年の最後の繁栄を築いた"鳥羽上皇"内裏(御所)とされ

「高松内裏」となりました。

そして気ままな少年期を過ごした"後白河天皇"がここ「高松内裏」

で即位されました♪

後白河天皇は 大河ドラマ「平清盛」で"松田翔太"が演じています。


さいじん


保元の乱(後白河天皇 VS 崇徳上皇)では 後白河天皇方の

本拠地となり源義朝や平清盛らが参集しました。

そしてここから 相手のスキを狙って夜中に作戦開始!!

崇徳上皇方の白河北殿へ攻め込み 一日で勝負はつき

天皇方が勝利しました。


かみさま


その後 平清盛が天下を取った 平治の乱(1159)で高松殿は焼失し

当社のみが残りました。


こちらの"オガタマノキ"は230年前からずっとこの地にあります。

枝を神事に使うことから 神社に神木として植えられています。


おがたまのき


オガタマノキ(招霊の木)の由来は 枝葉を神前に供えて霊を

呼ぶ神道思想の招霊(オギタマ)の転訛です♪


現在ある"釜座通"ができたのは 後の天正18年(1590)豊臣秀吉による

京都都市計画のためにひらかれました。

境内には 地蔵尊・金比羅神社をはじめとする末社がありましたが

元治元年の「蛤御門の変」による大火によりことごとく焼失しました。


たいこ


現在祭神は天照大神・八幡大神・春日大神を祀り、開運厄除けの

神さんとして信仰を集めています。

境内には"真田幸村"の念持仏を拝領してきた神明地蔵尊

「幸村の知恵の地蔵尊」があります。


さなだゆきむら


日本一の兵"真田幸村"は大阪夏の陣では豊臣側につき

幸村以下全員が討ち死してしまいました(-_-;)


地蔵堂の台石をさすり 子供の頭をなでると知恵を授かると

信仰されています


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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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