坂本龍馬とたぬきの八兵衛さんをめぐる・・・♪

「酢屋」は享保6年(1721)より続く老舗の材木商です。

場所は中京区河原町三条下ル一筋目(龍馬通)です。


すやげんかん


幕末の頃 6代目酢屋嘉兵衛が 坂本龍馬を"酢屋"の2階に匿っていました。

龍馬はこの家に海援隊京都本部を置き 数多くの志士が投宿していました。


おひなさま


高瀬川の川ぞいには各藩の藩邸が建ち並び 各藩との折衝や伏見

そして大阪との連絡にも格好の地であった為龍馬は酢屋に身を寄せたのです。


河原町蛸薬師東にある「土佐稲荷」です。


とさいなり


神社内には龍馬の像が残っています。

室町時代初期 鴨川の中州の岬に祠を建てたことにより

岬神社と呼ばれました。


さかもとりょうま


江戸時代初期には土佐藩の京屋敷内に遷され「土佐稲荷」と

呼ばれるようになりました。


みさきしゃ


わざわざ土佐藩邸内に一般人がお参りするための通路を確保

したようです。

坂本竜馬や中岡慎太郎らもよく詣でたとのことです。


りょうま


ここからすぐ近く河原町通蛸薬師南に 土佐藩御用達の

醤油商「近江屋」がありました。

ここは土佐藩邸とは河原町通を挟んですぐ向かい側となる場所でした。


おうみやのあと


慶応3年(1867)11月15日に「近江屋事件」で坂本龍馬と

中岡慎太郎が暗殺された所です。

11月15日は 龍馬33歳の誕生日にあたります。

龍馬は10日前に海援隊の屯所のある「酢屋」から移ってきたばかりでした。

中村慎太郎は17日夕刻に息を引き取っています。

うらでら


ここから西側の裏寺通に少しはいったところにとても狭い

「柳小路」があります。


やなぎこうじ


この通りの真ん中あたりに 小さな鳥居があります。

明治維新後 東京遷都へと時代が変わり この界隈もすっかり

寂れてしまい狸が住むほど荒れ果ててしまいました( ̄_ ̄|||)


ずし


当時 錦天満宮の境内で 狸が3匹死んでいたそうです。

その狸を「八兵衛明神」「七兵衛明神」「六兵衛明神」と祀り

地域の鎮守社とし3社が創建されました。


はちべいみょうじん


のち 六兵衛さんは東宝ビルの中 七兵衛さんは錦天満宮の

隣にある丸二食堂に祀られています


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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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