因幡堂平等寺の頭巾をかぶった薬師如来の謎・・・♪

烏丸高辻下った所にある「因幡堂」に行ってきました。

本当の寺名は80代目の"高倉天皇"が下賜された「平等寺」と申します♪


いなばどう


こちらのメインの秘宝はパンフレットにも載っている

頭巾をかぶった"薬師如来立像"です。

普段は非公開なんですが 只今*京の冬の旅*で特別公開中です。


やくしにょらい



この"薬師如来立像"の謂れは古く今から約一千年前にさかのぼります。

・・・橘行平は 村上天皇の命で因幡国(現鳥取県)の一宮に赴きました。

そこで神事を済ませ帰洛の途中 行平は急病になりました。


ほんどう


そしてある夜 夢の告げがありました。

「因幡国賀留津の海中に一つの浮き木がある。その浮き木は人々を救って

悟りを得させるために遠くの仏の国からやってきた。


ひだりがわ


速やかにこの浮き木を求めて供養しなさい。そうすれば必ず病気は治り

あらゆる願いが成就するだろう」・・・

それがこの"薬師如来立像"です。


いりぐち


そんな伝説があり大事にされてきた像は京都で何回もあった

火災を逃れてきました。

それは等身大の車付の厨子にずーっと入っておられ火災の度に

一番に持ち出され無事であったようです。


そとかべ


頭にある頭巾も持ち運びの時に傷つかないように

かぶせてあるとのことでした。

他にもいっぱい秘宝はありますがその中で「何これ」と思ったのが

髪の毛を横糸にして織り込んだ大きな布があります。


ひぶつ


これは"小督局(こごうのつぼね)"の髪の毛で作ったとされる

密教経典が書かれたの織物です。

小督局は高倉天皇から愛された美しい琴の名手でした。


みぎがわ


しかし高倉天皇には 平清盛の娘・建礼門院徳子が嫁いでいました。

清盛は中宮である娘よりも寵愛を受けていた小督局に不満を持ち

出家させてしまいました。


りゅう


そして その後の小督の消息は詳しく分かっていません~(T_T;)

との悲恋物語が「平家物語」に収められ また能の演目「小督」

としてもよく知られています。


ふどう


因幡堂の正面真南の通りを不明門通(あけずどおり)と呼びます。

これは高倉天皇のお住まい「東五条院」がすぐ南にあったために

遠慮して南門を開けなかったためです。


あけずどうり


その道は東本願寺のところで東側に張出した烏丸通と合流しています。

京都の難読の道の一つです



人気ブログランキングに参加してます♪下のバナーをポチッとクリックよろしく
お願いしますネ♪
1日1回 押してね♪
応援バナー押してくださいませ♪


読んでいただいてありがとう♪
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

カレンダー(月別)
08 ≪│2017/09│≫ 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ベストセラー