「みかえり阿弥陀」の永観堂・・・♪

「みかえり阿弥陀」がよく知られている「永観堂」に行って参りました。

正しくは「禅林寺」と云います。

創建は古く平安時代の貞観5年(863)です。


えいかんどう



「永観堂えいかんどう」と呼ばれるようになったのは

創建より220年たった7代目"永観律師(ようかんりっし)"が住職に

なられてからです。

さんどう


"永観"は奈良の東大寺より阿弥陀如来と共に来られました。

体が弱く病弱だった"永観"は誰にでも優しく境内の梅の木に

実がなるのを待ちかねて貧しい人や病人に施しました。


ひでんばい


その梅は悲田梅(ひでんばい)と呼ばれ境内で受け継がれています。

"永観"は境内に施療院を建てるなど 全ての人々のために努力されました。

そして"永観"を慕う人々によって「永観堂」と呼ばれるようになりました。


しゃかどう


1082年の念仏行道の時のこと 優しい永観からの言い伝えがあります。

・・・釈迦の入滅が2月15日なので14日の夕方より翌日にかけ

6回にわけて須弥壇のまわりを念仏を唱えながら歩いている時に

須弥壇の上にいるはずの阿弥陀様が永観の前を歩いていました。


いけ1


驚いた永観は立ちすくみました。

阿弥陀様は肩越しに振り返り「永観 おそし」・・・と

声をかけられました。


あみだどう



その時の お姿を仏像にした 阿弥陀如来立像は首を左に向けて

微笑む珍しいお姿で皆様に親しまれています。

現在 90代目の中西玄禮(げんれい)法主のお話でした。


ごくさいしょく


極彩色で天井には百花が描かれたきれいな阿弥陀堂に

その「みかえり阿弥陀」がいらっしゃいます。


みかえりあみだ


思ったより小さめでとても優しいお姿でした♪

住所も永観堂町48で"永観"の名前が使われているんですね。

境内はとても広く永観堂のもみじは全国的に有名です。


いけ1



放生池の動かないサギが印象的です。

寒くて固まっているようです(o^_^o)


さぎ


山の麓に五重塔のように屋根の上に伸びる九輪の心柱が付いている

「多宝塔」があります。


たほうとう


山の上からの様子が見たかったので 急な石段がありますが

頑張って登ってみました。


かいだん


多宝塔からみる京都市内です。

向の愛宕さんも見えてとてもイイ景色でしたよ(o(^-^)o)

あたごさん


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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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