重要伝統的建造物群保存地区の「熊川宿」・・・♪

研修・日帰りバス旅行で「若狭・神宮寺方面」に行ってきました。

京都駅八条口観光バス乗り場からの出発です。


びわこ


降水確率50%だったのでレインブーツ&長傘スタイルで出掛けました。

でもお蔭さまで 国道161号線を通って安曇川道の駅でのトイレ休憩の

時には日差しも出てきて雨には遭わずにすみました(o^_^o)


がいど


「若狭街道」は小浜から若狭町の日笠を通り 熊川を経て 滋賀県高島市

朽木を越え 大原八瀬より京都の出町柳への道を言います。

安曇川道の駅トイレ休憩の後「熊川宿」へ向いました。


そふとくりーむ


若狭湾で大量の鯖が水揚げされ鯖の塩漬けを中心に日本海の

海産物を運んだ事から「鯖街道」と呼ばれてきました。

熊川は 戸数40ほどの小さな寒村であったという事です。


くも

色づいた山に靄が漂っていました。

12月3日なのに気温は16℃で暖かいです♪

といれ



室町時代には 足利将軍直属の武士沼田氏が熊川城を構えたところであります。

織田信長による越前侵攻の際には若狭街道を西上し熊川を宿営地として利用

従軍した徳川家康も得法寺で宿泊しています。


さばかいどう


そして浅野長吉が小浜城主になった時に交通・軍事の要衝として

熊川に対し天象17年(1589)に諸役免除の布告を発し 特別の発展を図り

武家の御用を務めた町人や特別の家柄の者が すべての課役を免除されました。


ばんしょ


以来 熊川は江戸時代を通じて 宿場町として大いに繁栄していきました。


みはり


江戸時代初期から中期にかけて 熊川宿の戸数は200戸を越えていたようです

が、現在では100戸ほどになっています。

空き家になっている箇所もあります。

熊川宿は平成8年(1996)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。


まち


何故かすっきりした街だなぁ~と、思ったら 電柱が無いんですね!

昔の街並みは茅葺き屋根が続いておりましたが 江戸時代には

村全体を含む15回の大火があったようです。


いし


熊川上ノ町では古くから道に白い石が現れると火災が

起こるとされてきました。

そこで白い石を「火の神 水の神」としてまつるようになりました。


みず



今も住民の信仰は厚いようです。

あっ 鬼瓦に白い七福神を発見!!


ふくのかみ



平成19年に全国91ルート・近畿15ルートの1つとして

「日本風景街道」正式に登録されました。


ごーるでん


鯖街道の中間点・福井県と滋賀県の県境近くにあって栄えた熊川宿は

国道303号の少し南側にある旧道沿いに古い町並みを残しています。


やま


山の色合いもとてもいいです。

次は日本名水百選の「瓜割の水」です。


人気ブログランキングに参加してます♪下のバナーをポチッとクリックよろしく
お願いしますネ♪
1日1回 押してね♪
応援バナー押してくださいませ♪


読んでいただいてありがとう♪

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

カレンダー(月別)
06 ≪│2017/07│≫ 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ベストセラー