今が見ごろ 小春日よりの銀閣寺・・・♪

何回も銀閣寺に行っていますが11月22日の昼過ぎの山からの

眺めが今まで一番きれいなような気がします。


やまから


とても澄みきっていて京都の町が一望できます。


ぜんたい


九歳にして家督を 十五歳にして将軍職を継いだ室町幕府八代将軍の

足利義政によって造営された山荘東山殿が 義政の没後 臨済宗の寺院となり

義政の法号慈照院にちなんで慈照寺と名付けられました。



ぎんしゃり


歴史を見てみると応仁の乱の後 義政はかつて弟義視が住し

戦乱で焼けたままになっていた浄土寺跡地を山荘造営地として選考し

文明14年(1482)に東山山荘造営に着手しました。


うえから



文明18年(1486)には自身の持仏堂として東求堂ができました。

長享3年(1489)3月には銀閣(観音殿)の立柱上棟が行われましたが

義政は病に倒れ翌年1月7日銀閣の完成を見ることなくこの世を去りました。


よこから


東山殿の庭園は義政の築造庭園の中でも現在残っている唯一の遺構です。

銀閣寺は、如意が岳(大文字山)の麓にあります。


ほうおう


近江の陣中で24歳の実子・義尚はこの世を去りました。

義政は悲しみ、義尚の菩提を弔うため 相国寺の僧侶・横川景三の進言によって

如意ヶ岳の山面に白布をもって「大」の字を形どるよう命じます。


ちょうどういん


東求堂から山面を望み 字形を定めて火床を掘らせ お盆の16日に

松割木に一斉に点火して義尚の精霊を送りました。



とうぐどう


これが現在毎年8月16日「大文字の送り火」のはじまりです。


いけ


その後歴代の住職は戦国時代を乗り越え 観音殿、東求堂などを守りました。


ぎんしゃりだん


波紋を表した銀沙灘(ぎんしゃだん)と白砂の富士山型の向月台も

とても美しいです~♪


こうげつだい


門前には哲学者西田幾多郎が思索の場として散策した哲学の道があり

いつも賑わっています。


さんどう


紅葉は今が見ごろだとおもいます。


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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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