油の神さま「離宮八幡宮」・・・♪

阪急大山崎駅とJR山崎駅に挟まれたところに「離宮八幡宮」があります。

石清水八幡宮の元社にあたる神社で 現在は油の神様として親しまれています。


せんろ


由来は・・・

平安時代(794~)の始め 清和天皇が太陽が我が身に宿る夢を見 

神のお告げをお聞きになりました。

そのお告げとは国家鎮護のため 九州は宇佐八幡宮より八幡神を

京へ御遷座せよというものでした。

さか



天皇の命を受け 八幡神を奉じて帰京した行教が山崎の津で

神降山に霊光をみました。


はちまん



不思議に思いその地を少し掘ってみると岩間に清水が湧き出したので

ここにご神体を鎮座し 社を創建することにしました♪


いりぐち



岩から清水が湧出たのにちなんで「石清水八幡宮」と称したが 

すぐに対岸の男山へ移されました。


とりい



里人は この地が嵯峨天皇の「河陽離宮」跡だったことから社名を

離宮八幡宮として残されました。


かやのみや


平安時代~室町時代の歴史は「長木」という搾油器を発明し

えごま油の製油を始めました。

当初は神社仏閣の燈明用油として奉納されていましたが

全国に広まり 離宮八幡宮は朝廷より「油祖」の名を賜りました。


あぶらのそ



離宮八幡宮は油の専売特許を持ち栄えてゆきます。

諸国の油商人は離宮八幡宮の許状無しには油を扱うことはできませんでした。


あぶら



現在でも油脂業者との関係が深い神社です。

遷座1100年記念大祭施行に当り 全国油脂販売業者共通の

店頭標識を制定されました。


まーく



全国から募集し選ばれた標識です。

油は神社仏閣の燈明用油として奉納される大変貴重なものだったのです。

明治時代に入って石油が輸入され、電気・ガスが普及するまで 植物性油と

ロウソクが灯用としての主な資材でした。

現在のように食用として普及していったのは 幕末から明治にかけてと言われています。


うま



幕末の元治元年(1864)「禁門の変」では長州藩駐屯所となり

幕府・薩摩連合軍側の砲撃にあったところでした。

離宮も駐屯所になっていたんですね


人気ブログランキングに参加してます♪下のバナーをポチッとクリックよろしく
お願いしますネ♪
1日1回 押してね♪
応援バナー押してくださいませ♪

読んでいただいてありがとう♪
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

カレンダー(月別)
09 ≪│2017/10│≫ 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ベストセラー