大手筋商店街と油掛地蔵・・・♪

御香宮神社からすぐの京町通には 明和元年(1764)に創業した

老舗料亭の"魚三楼"があります。


うおさぶろう


鳥羽伏見の戦いでは この店の前の京町通りも戦場になりました。

表格子にはその時の弾痕が今でも保存されています。


きずあと


西の方に行くと大手筋商店街があります。


しょうてんがい


豊臣秀吉の時代には 伏見城に出入りする一番重要な道でした。

今では日本で初めて太陽光発電パネルが設置され アーケード内の

照明に利用されています。


ふしみし
★昭和4~6年まで今の伏見区は伏見市でした。80年前のプレートが残ってます≧(´▽`)≦



そして時間制の自動車通行禁止 など快適に買い物が出来る 

京都一番の商店街です。


「此付近伏見銀座跡」と刻まれ石碑があります。


ふしみぎんざ


ここが全国各地の「銀座」のルーツです。

銀座とは 江戸幕府直轄の銀貨鋳造所のことです。

関ケ原の戦いに勝利した 徳川家康の指示で設けられたようです。

伏見城下として発展し 京にも近いこの地を銀座にしました。


ぎんざのき


石碑のそばに植えられた木は 東京の銀座から贈られたものです。


大手筋へ出て 竹田街道との交差点南に行くと京菓子処駿河屋さんがあります。


にほんはつでんしゃ


この前には日本初の電車がここから出発したことを示す碑があります。

明治28年(1895)2月1日 京都電気鉄道によって(路面電車:七条~油掛町)

として伏見線が開通しました\( ̄▽ ̄)/


その横に西岸寺があります。

せいがんじ


こちらには油掛地蔵と呼ばれる有名なお地蔵さんがいらっしゃいます。

油掛通り・油掛郵便局など地名の元にもなっています。

「拾遺都名所図絵」によると油掛地蔵には 次のような話があります。


あぶらかけ


むかし山崎の油商人が荷を担ってこの寺の門前まで来たときに

誤って桶を転がし油を流してしまった。

とてもショックでしたが 運命とあきらめて 残りの油をお地蔵さんに

掛けて帰りました。


えま


それ以降 商売運に恵まれこの商人は大金持ちになりました。

それ以後祈願あるものは油を注いで祈り信仰を集めるようになりました。

お地蔵さまは鎌倉時代の石仏で 長年に渡り油を懸けた信仰により

油が2cm程つもって黒光りしているようです。 


あぶらかけ


今は 200円で油を掛けられるようです


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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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