天授庵のライトアップ・・・♪

天授庵(てんじゅあん)に行って参りました。

南禅寺の塔頭で住所は

京都市左京区南禅寺福地町 です。

にわ1


こちらに写真は11月20日の様子です。

南禅寺の三門の横あたりあります。


三門


ライトアップは午後5時30分からの開門ですが

5時すぎから多くの人が並ばれていました。

並ぶ


この時期のライトアップは寒くて 大変なんですが

今年は暖かいですね~♪

天授庵の本堂には 長谷川等伯が64歳だった晩年の作品になる

32面の襖絵があるんですよ。

砂1


残念ながら非公開ですが・・・(>_<)

こちらは暦応2年(1339) 光厳天皇の勅許により 虎関師錬(こかんしれん)が

建立いたしました。


みどり


光厳天皇は鎌倉幕府に擁立され即位し北朝初代の天皇のです。

承久3年(1221)の承久の乱以降 弱体化していた朝廷が

更に皇室や有力貴族が地位をめぐって分裂していた時代です。


すすき


中でも皇室は 持明院統・大覚寺統に分裂して激しく対立し

幕府による調整を余儀なくされていました。

光厳天皇は 六波羅探題(ろくはらたんだい)の長官の

北条仲時(なかとき)らと行動をともにしました。


奥


六波羅探題は鎌倉幕府が京都守護のために六波羅の

北と南に設置した機関です。

天授庵の書院南側お庭は 南北朝時代の特色を 備えている

と言われています。

くらい


特に中央の出島がその特色にあたるようです。

大小の出島を作り 池庭の汀の線に多くの変化を見せる事のようです。


東1


しかし明治期に著しい改造をおこなったようです。

しかし幸いにも改造が 庭の生命とも言うべき

地割にまで及ばなかったのが良かったようで

杉や楓がたくさん生い茂る池泉回遊式庭園です。

いしだたみ


本堂前の東側のお庭は枯山水庭園で 正門より本堂に

至る幾何学的な石畳を軸として配置されています。

石と白い砂 それに緑苔がきれいです。


ながい


応仁の乱 以降の復興は 武将であり茶人としても知られた

細川幽斎の寄進によるものです。

石畳の短い方は幽斎の廟所に向かうものです。


廟所


慶長7年(1602)8月 現在の本堂 正門 旧書院を始め

諸堂を復興し今日に至ります。
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プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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