お茶の京都博・・・♪

2017年は「お茶の京都博」が開催され 宇治茶の

歴史や文化に触れるチャンスが一杯あります。

5月7日に「上狛茶問屋街」に行ってまいりました。


上狛駅 

上狛は淀川へ通じる木津川の水運の要所で

京都・奈良・伊賀を結ぶ陸路も交差したところです。

そこでお茶の集散地として栄えたのですね。


街並み1 

室町時代には荘園の役人から有力者にのしあがった

狛氏の邸宅跡とみられる敷地の中には

「狛どんの井戸」と呼ばれる大井戸があります。


井戸 

この井戸は今も生活用水に使われています。

600年も使われてきた井戸ってすごいですね。

こちらは古い農協倉庫で1940年頃の建築です。


倉庫 

土壁の上部が黒っぽいのは 戦時中

敵機の標的にならないよう 黒く塗った

名残のようです。

歴史を感じるこの倉庫は イベントなどに

利用されている人気の空間になっているようです。


福寿園1 

老舗の「福寿園」は1790年に創業。

本社棟や製茶工場や資料館などが立ち並び

茶問屋街ならではの景観です。


資料館 

この日は日曜日で工場はお休みでしたが

平日はお茶のイイ香りが漂っているようです。


緑寿園 

昭和5年(1930)に建てられた緑寿園は

雨樋も見事で 堅樋の根本が「茶つぼ」の形に

なっています。


茶壺 

ペットボトルのお茶「伊右衛門」でも有名な

屋号「イ」が刻まれています。

こちらの建物の横に 山城茶業之碑 が

山城茶の歴史を記念し 建立されました。


石碑 

木津川の堤防近くには泉橋寺があります。

なんと 奈良時代の僧・行基が建立した泉橋院です。


泉橋寺 

洪水で人が渡れない時などは 旅人や病人を

滞在させたようです。

心の優しさが感じとれるお話ですね。


石仏 

その門の横には巨大な地蔵菩薩座像(鎌倉時代)

がいらっしゃいます。

高さ4.6mで坐像の石地蔵では日本一だそうです。

木津川の方を向いて 川を利用する人々の

安全を今も見守っていらっしゃいます。


CHA 

本日のメインイベントはお茶摘みと

挽臼体験です。


ちゃつぼ 

福寿園CHA遊学パークに行ってまいりました。

とても広い施設でお茶の始まりからの

お勉強もできます。


映像室 

世界のお茶の紹介もあります。

挽臼で甜茶を曳いてお抹茶を作り

それを自分で点てていただきます。


挽臼 

あ~おいしい~♪


ちゃ 

新茶を摘みも体験。


茶摘み 

特別にこの日は お茶の葉っぱを天ぷらにして

いただきました。


天ぷら 

抹茶塩を少しつけていただきました。

美味しかった



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蹴上浄水場のツツジ・・・♪

5月になると町中で一斉に開花し 皆さまの目を

楽しませてくれる ツツジの花がきれいです。

ツツジの名所はいろいろありますが 蹴上げのツツジの

ボリュームに勝るところは無いように思います。


ツツジ1 

蹴上浄水場の場所は岡崎エリアの観光スポットの

平安神宮や南禅寺から歩いて行けるところです。

蹴上浄水場から南禅寺三門が見えます。


南禅寺 

京都市内には 3つの浄水場があります。

それらは山の上に設けた配水池から自然流下に

より給水しています。


やま 

蹴上浄水場は日本最初の急速ろ過式の浄水場

として明治45年3月に竣工し 

京都市ではじめて給水を開始しました。

平成24年8月には 浄水施設の全面リニューアル

が完成しました。 


きいろ 

ツツジは様々な色がありますが 黄色は珍しく

管理が難しく 花を咲かせるのが大変だそうです!


蹴上浄水場では 毎年5月初旬 数日間 施設を

一般開放されます。(無料)


階段 

開花と開放日が バッチリ合わないこともありますが

今年は 満開のツツジが拝見できました♪

施設の中には約7600本のツツジが植えられています。

斜面が多いので 下から眺めても 上から眺めても

とてもきれいに見ることができます。


レンガ造り1 

明治に建てられたレンガ造りの建物が保存されています。

こちらでは建造物を解体せずにそのままの状態で

別の場所に移動する 曳山(ひきや)工法で移動した

「第一高区排水池」を見ることができます。

移動速度は1時間に70㎝ととてもゆっくり

慎重に移動します。


排水池 

第一高区排水池は明治45年の京都市水道の創設

当時の施設として残る唯一の施設です。

平成19年には 経済産業省に「近代化産業遺産」

として設定されています。


石碑 

こちらは与謝野晶子歌碑です。

「御目ざめの鐘は知恩院聖護院
    
         いでて見たまへ紫の水」

このあたりは一帯は粟田口といわれ 昔は東海道から

京都への入り口にあたり刀鍛冶や陶工が多く住んで

いたことでも有名です。


ツツジ2 

明治34年の新春 文学同好会者大会が神戸で開かれ

鉄幹も出席しました。

その帰途 鉄幹は晶子と思い出多い粟田山麓の宿

「辻野」で落ち合い 2泊3日の時を過ごしました。

 この歌はこの時の作で 歌集「夢の華」に収められています。

旅館「辻野」はすでになく この浄水場の敷地となっています。


すみと 

京都市上下水道局のマスコットキャラクター

澄都(すみと)くんとひかりちゃん。

綺麗な水のところにいる蛍です



二条城 東大手門修復完成記念 特別公開中・・・♪

二条城は平成23年から総事業費100億円を超える

本格修理業がどんどん進んでいます。


入り口 

約400年前に徳川家康公によって創建されて以来

初めての本格的な修理です。

その第1弾が唐門で 今回 第2弾の

東大手門修復完成記念 特別公開中です。


大政奉還 

3月24日から7月31日までです。

今年は武家政権が終わりを告げ 新しい時代への

転換期になった「大政奉還」から150年の

節目の年です。


あしば 

その大きな舞台になった二条城は 様々なイベントを

企画し多くの方に来城していただけるよう

全力で頑張っていらっしゃるようです。


横から 

今回の特別公開では 通常非公開の東大手門の

櫓の内部を公開し 修理工事の様子や特徴の

紹介をされていました。

内部はこんな感じで天井は 思ったより高いです。


中1 

門の上なのでもっと狭く 圧迫感があるのかと

想像しておりました。


しゃちほこ 

今回の工事は 屋根の全面葺き替え 大壁の漆喰

塗り直し かざり金具の金箔押し直し

建具の修理が主なものです。


鬼瓦 

東大手門の鬼瓦です。

正面の柱に付いているかざり金具はさびて

真っ黒でしたが 門は漆を塗って金箔を貼る 

漆箔という技法で基に復元されました。


金箔 

作業の様子の写真がなどが展示されています。

壁面には狭間穴の跡が残っています。


隙間 

ここから鉄砲や弓矢で攻撃していたのですね。

壁板は堅いケヤキが使われ 壁の中には

石が詰め込まれています。

他にも 防衛・攻撃的な機能があります。

漆喰の壁は厚いところは20cmもあります。


石落とし 

床のふたを開けると 石落としになっています。

ここから6m下の敵兵に攻撃を加えます。

油断をしてはいけません。

お城の門を通過するのは至難の技です。


すみやぐら 

こちら以外に東南隅櫓も公開されています。

こちらも石落としを備え 攻撃と防御の要となっています。

火縄をかける釘が打たれており 鉄砲を収納して

いたところです。


なか 

こちらの内部でも今後 美術品の展示などで

利用しようというお話があるようです。

スペースはあるので使わないと勿体ないですね。


うえから 

今回の修復で面白い発見がありました♪

東大手門の金箔を貼ってある飾りのなかに

1羽の鳥が発見されました。


鳥 

江戸時代の職人さんの粋な遊び心ですね。

皆さんのも東大手門から探してみてくださいませ~

ヒント・・門に向かって右下ですょ






厳島神社・・・♪

厳島神社に行って参りました。

京都から新幹線で広島駅へ。

鳥居引き1 

宿泊は駅から広電で10分程の広島三井ガーデンホテル。

ホテルは原爆ドームや美術館・広島城も

歩いて行ける所にあったのでとても便利でした。


広電 

翌日 朝から広電で約 1時間かけ宮島口へ。

そこからフェリーで10分 海中にそびえ立つ 朱塗りの

大鳥居が見えてきました。


フェリー 

京都と同じくこちらの観光客も海外からの方が

多いですね。

神社の創建は古く 推古天皇御即位の年(593)であると

伝えています。


大鳥居 

海の中に建つ 現代のような独創的な配置構成に

なったのは 仁安3年(1168) 平清盛によって造営されました。

宮城県の松島 京都の天橋立と並んで日本三景

安芸の宮島として知られ世界文化遺産に登録されています。


鹿1 

奈良と同じくこちらでも鹿さんが出迎えてくれます。

奈良の鹿に比べると痩せていて毛並みも悪いです。

鹿せんべいも売っていません。

鹿が増えすぎないよう 餌やり禁止が呼びかけられて

いるようです。


葉っぱと鹿 

それと現地の説明では人馴れした鹿は餌の匂いから

ゴミをあさってビニールなどを食べてしまい

胃の中にビニールの固まりが堆積してしまい

鹿が長生きできなくなっています。


鹿 

なので 鹿 本来の野生のくらしを守るため

観光客の皆様には ゴミ処理の徹底と鹿に餌を

与えないようとのことです。


回廊 

厳島神社の拝殿には 回廊を通っていきます。

本殿には市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

田心姫命(たごりひめのみこと)

湍津姫命(たぎつひめのみこと)が祀られています。


本殿 

建物のあちらこちらで 修復工事をされていました。

こちらの海に浮かぶ 舞台も神秘ですね。


舞台 

反橋は 勅使橋ともいい昔は勅使が参拝される時に

渡られていました。


反橋 


大鳥居をバックに写真をとるのは 順番待ちになります。


順番待ち 


宮島は急な坂や階段もあるので歩きやすい靴で来ることが必須です。


階段 

神社の横の石階段を上がっていくと豊国神社が

あります。


豊国神社 

豊臣秀吉が千部経読誦するために発願し建立しましたが

秀吉公没後 天井の板張りや建造物の外構など

完成を見ないままの姿で残っています。


床下 

その広さから「千畳閣」とも呼ばれています。

千畳閣の前には五重塔があります。


五重塔 

高さは27.6mなので 京都の東寺の五重塔の半分

位の高さになります。


マツ 

回りには他にも寺や神社があります。

ロープウェイもあり晴れた日には四国まで見える

眺望も楽しめます。


町 

この日は雨も降りかけていたので水族館の

方にいきました。

くえ 


午後2時には海の水が引き 鳥居まで歩いて

行けました。


柱 

皆さん 柱の隙間に コインをはめ込んだり

されてましたが 耐久力には問題がないのでしょうか?


鳥居近く 

表参道商店街に宮島の大杓子が展示されています。

樹齢270年のケヤキで作られています。

宮島杓子(しゃもじ)の由来は


しゃもじ 

18世紀末 修行僧 誓真が 島民救済の為 厳島神社の

参拝客のお土産に 夢に現れた弁才天の琵琶の形を基に

杓子を試作したのが始まりです。

杓子やもみじ饅頭作りも体験できますよ。




東海道53次ウォーク 第1回・・・♪

東海道53次ウォーク 第1回 三条大橋~山科・追分

というコースに参加してきました。

このコースの魅力は 歴史講師「ひげの梶さん」こと

梶本晃司氏がスタート前に東海道の魅力をご案内

して下さる。というところです。


梶さん1 

高島礼子の日本の古都でも わかりやすく

楽しく解説されているので 興味をもちました。

長距離を歩くのは苦手ですが この日は 16km

25,614歩 歩きました~


東海道石碑 

東海道53次ってそもそも何かというと・・

古くから栄えた 日本の東西の中心地を結ぶ 幹線道路で

同時にその行政区分を指す言葉です。

日本橋を起点とする 東海道の整備に着手したのは

徳川家康で1601年のことです。


やじさんきたさん 

宿場町が作られ 途中で馬にエサを与えたり 乗り換えたり

する 駅伝制が導入されました。

これが長距離を 短時間で結ぶ 駅の始まりなんですね。


車 

駅には専用の馬が数頭設置されていて 早馬を走らせ

手紙を配ったり 荷物を運んだりなど郵便局や

運送屋さんが すでにあったようです。


線路 

案内人の梶さん 曰く・・江戸時代を想像しながら歩くと

前から歩いてくる人が ちょんまげを 付けていて

走ってくるバイクが馬に見えてくるようですよ!


高山 

本日のコースのスタートは 豊臣秀吉が 天正18年(1590)

大改修した三条大橋を東に渡り 

三条京阪前にある有名な銅像 「高山彦九郎先生皇居望拝跡

」を通り 三条白川橋へ。


三条白川 

三条白川橋にある道標は 京都における現在最古の道標です。

交通量の多いところなので 車がぶつかり半分に折れ

修理した跡が残っています。

坂本龍馬と 奥さんになったお龍が結婚した式場前通り

粟田口へ。


粟田神社 

東海道を行き来する人々は こちらの粟田神社で

道中の無事を感謝してお参りされていたようです。

そのようなこともあり 今では 旅立ち守護・旅行安全

の神として知られるようになりました。


インクライン 

粟田口は粟田焼発祥の地で 寛永のはじめ頃 

三文字屋九右衛門が瀬戸より来て 粟田口三条に

窯を造ったのに始まるといわれています。


ねじりまんぼ 

日本最初の急速ろ過方式の浄水場として明治45年

京都市で初めて給水を開始した"蹴上浄水場"は

今ではツツジの名勝になり ゴールデンウイーク後半に

一般公開されています。楽しみですね。


廃墟 

今は観光名所になったこの辺り江戸時代は東海道の難所

日岡峠につづく高みで 幾度となく掘り下げが行われたようです。

また車道に車石舗装がされ 人馬道には 灯籠が建てられました。


車石 

昔は公開処刑場もあったようで 死者の霊を弔う 何基もの

供養塔が建てられました。

しかし明治初期の廃物稀釈や開発によって 破壊され

道路側溝の石垣石などにされてしまいました。


米 

昭和になり京津国道改良工事などで景色も一変しましたが

出土した供養塔の断片が題目碑として復元されており

当時の歴史を知る たよりとなっています。

この辺りは歩いてみて始めてわかる歴史の流れを

感じる所でした。


標識 

御陵には天智天皇陵につづく道があり この辺りの

地名にもなっています。

三条通五条橋道標が 京都薬科大学校舎北東の

旧東海道角にあります。


五条 

JR山科駅から近く 旧東海道沿いに残る古い道標です。

徳林庵では お地蔵さまを見せていただきました。


山科地蔵 

山科地蔵は東海道の守護佛とな 毎年8月22日

23日の六地蔵巡りが伝統行事となりました。

西国三十三所観音巡礼14番札所の三井寺観音堂を

横目にそろそろ本日のゴールへ。


三井 

この後 井筒八ツ橋さんで生八つ橋を試食して

休憩し お土産に走り餅を買いました。



走り井餅 

井筒八ツ橋さんの前に大きな坂上田村麻呂の像が

完成してました。


坂上田村麻呂 

西野山古墳の参道の基点であります追分の地に

旅の安全と国の平和を願い 建立されました。


梶さん3 

「梶さん」江戸時代の楽しいお話ありがとう



プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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