二尊院・・・♪

嵐電で嵐山駅下車 北にどんどん歩いて約15分

竹の道を通って 現れるのが二尊院です。


竹の道 

嵯峨天皇の勅願により円仁が建てた天台宗の

お寺と言われております。


道しるべ 

二尊院の名称のゆかりはなんと本尊が

「釈迦如来像」と「阿弥陀如来像」の二尊を祀られています。

これは全国にただ一つこちらだけのようです。


看板 

これは極楽浄土を目指す私たちを こちらの世界から

あの世に送る釈迦と 彼岸へと迎える

阿弥陀の遣迎二尊(けんごうにそん)です。


ハス 

送ってもらい迎えにきてもらえる ありがたい

システムですね。

この教えは中国から伝わり 法然上人に受け継がれました。

そのことより現在 二尊院は

「法然上人二十五霊場第十七番札所」となっています。


薬医門 

総門は豪商 角倉了以が伏見城の薬医門を移築したものです。


紅葉の馬場 

総門を進むと この青もみじの様子を見て分かるように秋は

紅葉の名所として賑わっております。


銅像 

そして「水運の父」とも呼ばれ 木屋町を流れる高瀬川を

作った角倉了以の銅像が建てられています。

角倉了以はお医者さんでもあり 嵯峨出身の人物です。


鳳凰 

海外貿易でも 豊臣秀吉の朱印船に加わり莫大な富を得て

徳川家康に天下が移ると

今度は京都の西を流れる保津川を使い

大堰川を作り搬送船を通しました。


角倉家墓 
           角倉家墓


人馬で物資を運ぶより仕事が捗るようになり

江戸年間を通じて利用された続けました。

二尊院には「角倉家」の墓があります。


階段 

他にも旧摂関家の二条家・鷹司家・三条家・四条家

香道の創始家でもある三条西家の菩提寺でもあります。


本殿 

本堂は京都御所の紫宸殿を模したもので

内陣も内裏のお内仏(ないぶつ)と同様に造られていて

京都市指定文化財に指定されています。


小倉山 

二尊院は小倉百人一首で名高い 小倉山の麓にあって

藤原定家が小倉百人一首を選定した場所である「時雨亭跡」

がこちらです。

時雨殿跡 


藤原定家の歌である


軒端の松 

「忍ばれむ 物ともなしに 小倉山 軒端の松ぞ なれてひさしき」の

軒端の松(のきばのまつ)もございます。

嵐山駅周りは観光客で賑わっていますが 少し奥に建つ二尊院は

とても静かでゆっくりできるお寺です





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鴨社資料館 秀穂舎(しゅうすいしゃ)&関西ラグビー発祥の地・・・♪

2017年の葵祭は京都御所の建礼門の観覧席から

見学をしました。


牛車 

10時30分スタートの路頭の儀だったので 頑張って

9時に行ったのに席は2列目で 残念でした。

でも 皐月晴れに恵まれ きれいな行列を観覧でき

良かったです。


斎王代 

今年の斎王代は 同志社大学2回生 19歳の

若い方でした。

平安時代から鎌倉時代には 天皇の皇女が斎王と

して 神様にご奉仕されていました。


童子 

鎌倉時代にあった 承久の乱 以降 斎王の制度は

途絶えていましたが 昭和31年に 復活しました。


笠 

今は天皇家とは関係のない 一般の未婚の女性が

斎王の代わりの 斎王代としてお祭りに参加しています。


秀穂舎1 

そんな葵祭の歴史が 下鴨神社の南側にある

鴨社資料館 秀穂舎(しゅうすいしゃ)に 只今 展示

されています。

秀穂舎は 鴨社公文所の学問所画工司の

浅田家の旧宅を復元されたところです。

かつては下鴨神社周辺には340軒ほどの社家がありました。

今残っているのは 浅田家と鴨脚家(いちょうけ)の2軒のみです。

画工司とは 絵司のことです。


鳥居 

道路に面した門は鳥居のかたちで 華表(かびょう)門

という 社家の門です。


かえるまた 

軒下には カモと二葉葵の彫り物が施され 

玄関の脇には石人文官の石像が立っています。


石人 

手水鉢にも二葉葵が描かれています。


手水鉢 

建物内部は残念ながらすべて撮影禁止です。

これからも様々な展示を 企画されています。


糺の森 

下鴨神社の糺の森は紀元前3世紀ごろの原生林と

同じ植生が今に伝えられる 都市の森林で

国の史跡です。

下鴨神社の様々な行事が行わるところでもあります。


ラグビー石碑 

関西ラグビー発祥の地を示す「第一蹴の地」の

石碑もあります。

石碑にはラグビーボールも刻まれています。


雑太社 

その横は「雑太社(さわたしゃ)」

ご祭神は神魂命(かんたまのみこと)

この「魂」たま ⇒「球」に通じるとして

糺の森で初のラグビの練習が第三高等学校と

慶応義塾大学生のあいだで行われました。

それが契機となり日本ラグビ界の歴史が始まりました。


神場幄 

都市の森林 糺の森では いろんな事が 

行われているのですね


お茶の京都博・・・♪

2017年は「お茶の京都博」が開催され 宇治茶の

歴史や文化に触れるチャンスが一杯あります。

5月7日に「上狛茶問屋街」に行ってまいりました。


上狛駅 

上狛は淀川へ通じる木津川の水運の要所で

京都・奈良・伊賀を結ぶ陸路も交差したところです。

そこでお茶の集散地として栄えたのですね。


街並み1 

室町時代には荘園の役人から有力者にのしあがった

狛氏の邸宅跡とみられる敷地の中には

「狛どんの井戸」と呼ばれる大井戸があります。


井戸 

この井戸は今も生活用水に使われています。

600年も使われてきた井戸ってすごいですね。

こちらは古い農協倉庫で1940年頃の建築です。


倉庫 

土壁の上部が黒っぽいのは 戦時中

敵機の標的にならないよう 黒く塗った

名残のようです。

歴史を感じるこの倉庫は イベントなどに

利用されている人気の空間になっているようです。


福寿園1 

老舗の「福寿園」は1790年に創業。

本社棟や製茶工場や資料館などが立ち並び

茶問屋街ならではの景観です。


資料館 

この日は日曜日で工場はお休みでしたが

平日はお茶のイイ香りが漂っているようです。


緑寿園 

昭和5年(1930)に建てられた緑寿園は

雨樋も見事で 堅樋の根本が「茶つぼ」の形に

なっています。


茶壺 

ペットボトルのお茶「伊右衛門」でも有名な

屋号「イ」が刻まれています。

こちらの建物の横に 山城茶業之碑 が

山城茶の歴史を記念し 建立されました。


石碑 

木津川の堤防近くには泉橋寺があります。

なんと 奈良時代の僧・行基が建立した泉橋院です。


泉橋寺 

洪水で人が渡れない時などは 旅人や病人を

滞在させたようです。

心の優しさが感じとれるお話ですね。


石仏 

その門の横には巨大な地蔵菩薩座像(鎌倉時代)

がいらっしゃいます。

高さ4.6mで坐像の石地蔵では日本一だそうです。

木津川の方を向いて 川を利用する人々の

安全を今も見守っていらっしゃいます。


CHA 

本日のメインイベントはお茶摘みと

挽臼体験です。


ちゃつぼ 

福寿園CHA遊学パークに行ってまいりました。

とても広い施設でお茶の始まりからの

お勉強もできます。


映像室 

世界のお茶の紹介もあります。

挽臼で甜茶を曳いてお抹茶を作り

それを自分で点てていただきます。


挽臼 

あ~おいしい~♪


ちゃ 

新茶を摘みも体験。


茶摘み 

特別にこの日は お茶の葉っぱを天ぷらにして

いただきました。


天ぷら 

抹茶塩を少しつけていただきました。

美味しかった



蹴上浄水場のツツジ・・・♪

5月になると町中で一斉に開花し 皆さまの目を

楽しませてくれる ツツジの花がきれいです。

ツツジの名所はいろいろありますが 蹴上げのツツジの

ボリュームに勝るところは無いように思います。


ツツジ1 

蹴上浄水場の場所は岡崎エリアの観光スポットの

平安神宮や南禅寺から歩いて行けるところです。

蹴上浄水場から南禅寺三門が見えます。


南禅寺 

京都市内には 3つの浄水場があります。

それらは山の上に設けた配水池から自然流下に

より給水しています。


やま 

蹴上浄水場は日本最初の急速ろ過式の浄水場

として明治45年3月に竣工し 

京都市ではじめて給水を開始しました。

平成24年8月には 浄水施設の全面リニューアル

が完成しました。 


きいろ 

ツツジは様々な色がありますが 黄色は珍しく

管理が難しく 花を咲かせるのが大変だそうです!


蹴上浄水場では 毎年5月初旬 数日間 施設を

一般開放されます。(無料)


階段 

開花と開放日が バッチリ合わないこともありますが

今年は 満開のツツジが拝見できました♪

施設の中には約7600本のツツジが植えられています。

斜面が多いので 下から眺めても 上から眺めても

とてもきれいに見ることができます。


レンガ造り1 

明治に建てられたレンガ造りの建物が保存されています。

こちらでは建造物を解体せずにそのままの状態で

別の場所に移動する 曳山(ひきや)工法で移動した

「第一高区排水池」を見ることができます。

移動速度は1時間に70㎝ととてもゆっくり

慎重に移動します。


排水池 

第一高区排水池は明治45年の京都市水道の創設

当時の施設として残る唯一の施設です。

平成19年には 経済産業省に「近代化産業遺産」

として設定されています。


石碑 

こちらは与謝野晶子歌碑です。

「御目ざめの鐘は知恩院聖護院
    
         いでて見たまへ紫の水」

このあたりは一帯は粟田口といわれ 昔は東海道から

京都への入り口にあたり刀鍛冶や陶工が多く住んで

いたことでも有名です。


ツツジ2 

明治34年の新春 文学同好会者大会が神戸で開かれ

鉄幹も出席しました。

その帰途 鉄幹は晶子と思い出多い粟田山麓の宿

「辻野」で落ち合い 2泊3日の時を過ごしました。

 この歌はこの時の作で 歌集「夢の華」に収められています。

旅館「辻野」はすでになく この浄水場の敷地となっています。


すみと 

京都市上下水道局のマスコットキャラクター

澄都(すみと)くんとひかりちゃん。

綺麗な水のところにいる蛍です



二条城 東大手門修復完成記念 特別公開中・・・♪

二条城は平成23年から総事業費100億円を超える

本格修理業がどんどん進んでいます。


入り口 

約400年前に徳川家康公によって創建されて以来

初めての本格的な修理です。

その第1弾が唐門で 今回 第2弾の

東大手門修復完成記念 特別公開中です。


大政奉還 

3月24日から7月31日までです。

今年は武家政権が終わりを告げ 新しい時代への

転換期になった「大政奉還」から150年の

節目の年です。


あしば 

その大きな舞台になった二条城は 様々なイベントを

企画し多くの方に来城していただけるよう

全力で頑張っていらっしゃるようです。


横から 

今回の特別公開では 通常非公開の東大手門の

櫓の内部を公開し 修理工事の様子や特徴の

紹介をされていました。

内部はこんな感じで天井は 思ったより高いです。


中1 

門の上なのでもっと狭く 圧迫感があるのかと

想像しておりました。


しゃちほこ 

今回の工事は 屋根の全面葺き替え 大壁の漆喰

塗り直し かざり金具の金箔押し直し

建具の修理が主なものです。


鬼瓦 

東大手門の鬼瓦です。

正面の柱に付いているかざり金具はさびて

真っ黒でしたが 門は漆を塗って金箔を貼る 

漆箔という技法で基に復元されました。


金箔 

作業の様子の写真がなどが展示されています。

壁面には狭間穴の跡が残っています。


隙間 

ここから鉄砲や弓矢で攻撃していたのですね。

壁板は堅いケヤキが使われ 壁の中には

石が詰め込まれています。

他にも 防衛・攻撃的な機能があります。

漆喰の壁は厚いところは20cmもあります。


石落とし 

床のふたを開けると 石落としになっています。

ここから6m下の敵兵に攻撃を加えます。

油断をしてはいけません。

お城の門を通過するのは至難の技です。


すみやぐら 

こちら以外に東南隅櫓も公開されています。

こちらも石落としを備え 攻撃と防御の要となっています。

火縄をかける釘が打たれており 鉄砲を収納して

いたところです。


なか 

こちらの内部でも今後 美術品の展示などで

利用しようというお話があるようです。

スペースはあるので使わないと勿体ないですね。


うえから 

今回の修復で面白い発見がありました♪

東大手門の金箔を貼ってある飾りのなかに

1羽の鳥が発見されました。


鳥 

江戸時代の職人さんの粋な遊び心ですね。

皆さんのも東大手門から探してみてくださいませ~

ヒント・・門に向かって右下ですょ






プロフィール

ユキコ

Author:ユキコ
愛犬ポメラニアンのベルが大好き(2007年10月に天使になりました) 12年間勤めたDTP(印刷の前工程である版下制作)の会社を辞めた後、京都観光に興味を持ちました。そして第8回京都検定2級、第9回京都検定1級を合格しました。生まれ育った大好きな京都をご紹介いたします♪

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